京都芸術大学 アートプロデュース学科

原 泉さん
2013年度卒
山口情報芸術センター[YCAM]エデュケーター

あなたにとってアートプロデュースとは何ですか?

2022.9.1 Thu.

届く相手のことを思ってプレゼントをラッピングすること

質問1. どんな仕事をしていますか。具体的に教えてください。

私は現在、山口県山口市にある山口情報芸術センター(通称:YCAM、ワイカム)というところで働いています。

YCAMは2003年の開館以来、メディア・テクノロジーを用いた新しい表現の探求を軸に活動しており、展覧会や公演、映画上映、子ども向けのワークショップなど、多彩なイベントを開催しています(メディア・テクノロジーとは、何かと何か、あるいは誰かと誰かを媒介する機能を持った技術のことです。絵画だとキャンバスや絵の具がメディア・テクノロジーですし、私たちの生活で用いられるコンピュータやインターネットもそうです。他にも、身体の振る舞いや、こうして今わたしが使っていることばもメディア・テクノロジーと言えるでしょう) 。

YCAMで働く私の担当は「教育普及」です。発表された作品やイベントなどを、より多くの鑑賞者に深く鑑賞・体験してもらうためのプログラム作りや体験デザインを開発することです。こういう仕事をする人を「エデュケーター」と呼んだりもします。

教育普及およびエデュケーターという仕事は、ほとんどの美術館・博物館にもあります。例えば美術館では、すでに作家によって作られた作品が展示されている展覧会について、その作品をより深く理解してもらうためのギャラリーツアー(解説を交えたガイド)を行っています。あるいは作品に使われた技法について学べるような工作ワークショップを開催したりしています。

いっぽうでYCAMはちょっと変わった場所で、展覧会やイベントのほとんどをすべて1から作っているんです。ですので「まだ誰も見たことのない作品たち」を発表し続けています。ということは、まだ批評や鑑賞の目に晒されていないものだらけ、とも言えます。そしてそれらの作品には、多くの人がまだ使ったことのないようなメディア・テクノロジーが使われていることもあります。

このようなYCAMだからこそ、私の仕事は「テクノロジーとの付き合い方を学ぶ」ような教育プログラムの開発や、出来たてホヤホヤの作品に少しでも多くの感想や批評などの「フィードバック」を得られるような鑑賞プログラムを開発することを重視しています。

質問2. アートプロデュースを学ぼうと思ったきっかけは?

私の場合、学科に「入った」きっかけと、学科で「学ぼうと思った」きっかけは違います。

「入った」きっかけはとっても不純です。当時高校生だった私は非常に勉強が嫌いでした。勉強嫌いの主な理由は「先生が偉そうなわりにちゃんと話を聞いてくれなかった」ことや「暗記したことをテストで書けた人がいい成績になる」ことがつまらなかったからです。

周りの同級生が受験のために一生懸命机に向かっている間、どうやったら学力テストを受けずにさっさと大学に合格できるか、そしてその後は何をして遊びまくろうか、と考えていました。ただ、小学生の頃から、美術館とか図書館とか「親に怒られずにサボれる場所」は好きだったので、なんとなく文化や美術に関係のある大学がいいなと思い、「美術大学 入りやすい 学科 どこ」みたいな検索をしてヒットしたのが本学科でした(ごめんなさい)。

しかし、入学後、勉強嫌いだったわたしが「学ぼう」と思うようになります。そのきっかけは、「ACOP(エイコップ;Art Communication Project)」という授業に出会ったことです。これは1つのアート作品を複数人のグループで対話をしながら深く鑑賞していくという「対話型鑑賞法」を、実践を通して学んでいく授業でした。受講生はまず作品を深く鑑賞するとはどういうことなのかを、様々な作品を囲んで対話をし、読み解きながら学んでいきます。後期になると、鑑賞者と作品の間に立って鑑賞を促すファシリテーター(進行役)の技術を磨いていきます。このACOPという授業について語り出すとあと1万字くらい書いてしまいそうなので、すごく簡単にまとめると…

・先生が答えを教えてくれるだろうとタカを括っていたら詰む。

・暗記したことがあってもあんまり役に立たないので、頭をフル回転させ続けないと詰む。

・美術作品には詳しくなるが、これまで人並みにできていたと思っていた「人とのコミュニケーション」についての謎が増える。かなり増える。

・周りが話を聞いてくれるどころか、話したくないことまで丸裸にされる。

・自分も失敗するし、他の人も失敗する。でもみんなで知恵を出し合って乗り切っていく。

…読んでいる方は怖くなってきたと思います。

この授業を通して私は「お勉強すること」と「学ぶこと」は、似ているようで全く異なるものだということに気がつきました。失敗を経験したり、どうやっても答えの出ない問題にぶち当たった時に、初めて発揮される頭の使い方が「学ぶ」ことかもしれないと思ったのです。かくして私は、アートプロデュース学科で学ぶことのヒリヒリとした楽しさにのめり込んでいったように思います。

そのおかげか、今でも信じられないのですが、大学を卒業した私は「もっと学びたい」と思い大学院に進学しました。きっかけは、対話型鑑賞を経験したことで「人がアート作品をみるとはどういうことか」が気になったからでした。大学卒業後からYCAMに就職するまでの5年間、九州大学の工学系の研究室(修士課程)や大阪大学の医学系の研究科(博士課程)に進み、芸術作品を見ている人の脳活動や行動についての研究を行いました。

質問3. 在学中思い出に残っているエピソードを教えてください。

・入学して1番最初の授業のとき、先生が机に腰かけてお菓子を食べながら「おはよーっ」と言っていたこと

・ACOPの期間中、ほぼ毎日みんなで晩御飯を食べていたこと、先生もそこにいたこと

・人生ではじめて95点以上の成績がついたこと

・同じ学科の同級生と泣きながら喧嘩をしたこと

質問4. あなたにとってアートプロデュースとは何ですか?

「届く相手のことを思ってプレゼントをラッピングすること」かもしれないです。

あるいは「アートの翻訳家」です。

アートプロデュース学科では、アート作品を作ることではなく、作られた後のことを主に考えていく授業が多いです。

作品には作者の想いが込められています。その作品を展覧会などを通して誰かに見てもらうとなった時を想像してみてください。その「誰か」とは一体どんな人なんだろう?その作品が置かれるのはどんな場所なんだろう?ということを考えると、見せ方をいろいろ工夫すると思います。届ける相手が子どもなのか、少なからずアートに興味や関心のある人なのか、はたまたあなたのまちのご近所さんなのかによって、作品の展示の仕方から紹介文の書き方、あるいは写真や動画での記録の仕方に至るまで、全て違ってくるはずですよね。私は、このような作品や展覧会というプレゼントを、相手が一番「受け取ってよかった」と思う形にラッピングして渡すことがアートプロデュースだと思っています。

作家の想いを確実に届けることももちろん大前提として大切なことですが、どんな「伝え方」をするのが一番効果的かを考えることも重要です。これは「翻訳家」とも似ていると思います。原文(作品)の持っている力や修飾が読み手に与える効果などを保ちながら、どんな人が読んでくれるかを考えて、言葉を選び取りながら訳していく作業にも思えるからです。

色々書きましたが、これがけっこう難しい!笑

私も日々修行中です。

質問5. それがどのように今の仕事に活かされていますか?

私の仕事である教育普及は、常にこの「ラッピング」と共にあるような、そんな仕事です。

YCAMで日々制作され、発表される作品について「教える」のではなく「学んでもらう」ための工夫や仕掛けを考えています。

例えば、家に帰った後でもずっと考え続けてもらえるためには、どんなワークショップを開発するのがいいだろうか?とか、この作品の前では来場者はこんな行動をしているから、展示の方法をこう変えてみたらどうだろうか?とか、この言葉よりもこういう言葉遣いでお客さんを案内してみようとか。まだ出来たてホヤホヤの料理のような作品たちを、多くの人に味見してもらうための仕掛け(ラッピング)をしています。

  • Interviewer京都芸術大学 アートプロデュース学科