京都芸術大学 アートプロデュース学科

2024年度 奨励賞

過去から未来を作り出すために

加害教育の重要性から考察するホロコースト記念館の今日的意義とこれからのあり方

塩入 穂波さん
林田ゼミ

📝要旨📝

現在、日本国内には数多くの戦争に関連する様々な歴史を取り上げた博物館が存在している。その中でも平和に関連した博物館、美術館、センター、教育機関、図書館は、平和のための博物館国際ネットワーク(International Network of Museums for Peace、通称INMP)によって、まとめて〈平和のための博物館〉(以下、平和博物館)と呼ばれており、数多くの平和博物館が存在している。それらの博物館では、未来の平和実現のための展示や、教育的活動などが行われており、その中でも広島県広島市にある広島平和記念資料館や、長崎県長崎市にある長崎原爆資料館・長崎市平和会館は特に有名である。では、日本における平和のための教育は第二次世界大戦後どのように実施されてきたのだろうか。

 竹内久顕は、著書『平和教育を問い直す──次世代への批判的継承──』(法律文化社、2011年)において、戦後の日本における平和教育では、原爆に関する内容をはじめとして日本が戦時中に受けた被害について主に教えていたが、その一方で日本が行った加害についての教育が不足していたと述べている。そして、加害に関することを学ぶことによって、人々が加害に向かっていってしまうのはなぜなのか、さらにその先にある戦争はなぜ起こってしまうのかという部分において、教育を受ける子どもたちがさらに主体的に考えることができるとしている。また、日本において戦争の加害に関する教育を行う博物館を分析している先行研究として、伊藤慎二の「日本国内のホロコースト関連博物館」(『国際文化論集』第34巻、第2号、西南学院大学、2020年)がある。伊藤は、2020年時点において、日本に存在しているホロコーストに関する8つの博物館を分析し、ナチスによって行われていたホロコーストでの加害の歴史は日本に直接関係があったものではないものの、現代における差別や紛争などの諸問題などにもつながるホロコーストの歴史を学ぶことは意義があることとし、ホロコーストに関する博物館の存在意義を肯定している。

 本論文では、竹内の述べる加害の教育が有用なものであるという立場に立ち、日本においてホロコーストの教育を行っている博物館として広島県福山市にあるホロコースト記念館を取り上げ検討していく。そして、ホロコースト記念館がこれからの未来を担う子どもたちへの平和教育においてどのような価値を持つのか、また伊藤が述べているホロコーストの歴史から現代におけるさまざまな問題を見つめることができる、という点においてのホロコースト記念館の意義、そして課題点について展示内容やその他の活動から再考し、そこからホロコースト記念館が平和博物館としてさらに有意義なものとなっていくための提案を行うことを目的とする。

 第1章では、戦後の日本における平和教育の概略を示した上で、加害教育の不足という課題があることを確認した上で、それらが平和博物館で展示や、教育活動などを通して実践されてきたことを紹介する。その上で、平和教育の実践において平和博物館は展示を通して主体的な学びを提供しており、またその中でもホロコースト関連の博物館はホロコーストの歴史を学ぶことを通して、現代社会におけるさまざまな問題との結びつきを学ぶことができる可能性があることを明らかにする。第2章ではホロコースト記念館の展示内容から、そこには子どもたちの学びのためにさまざまな工夫が施され展開されているものの、伊藤が述べるような現代社会の問題に関する展示や、そもそもホロコーストがなぜ起こったのか、という部分に関するホロコースト以前の歴史に関する展示が乏しいという課題を指摘する。続く第3章では、記念館が行っている展示以外の取り組みについて考察を行い、ホロコースト記念館が掲げている今後のビジョンにも言及した上で、ホロコースト記念館がもつ価値は子どもの主体的な教育の提供であり、また今後ホロコースト以前の歴史に関する展示が拡張することによってさらに意義を増すと述べる。第4章では、現状のホロコースト記念館における〈加害教育の不足〉と〈現代社会における諸問題に関する展示の不足〉を乗り越え、より良い平和博物館となっていくために戦時中のドイツと日本の関係性に関する展示、現代社会においてホロコーストの記憶を継承するために行われている取り組みに関する展示、さらに現代社会における差別や戦争の問題に関する展示を加えることを提案する。そこから、ホロコースト記念館はこれからの未来を担う子どもたちへの平和教育の場として、今後さらに意義のあるものになっていく余地があり、また、加害の教育が不足している日本において、率先して加害の歴史を交えた平和教育を取り入れることで、従来の教科書的な平和教育にとどまらない、主体的な学びの場として大きな意味を持つことになると結論づける。