京都芸術大学 アートプロデュース学科

2018年度 優秀賞

「ゴット」は存在し続けるのか

──展覧会「ゴットを、信じる方法。」から考えるメディアアートの新たな保存──

中川 恵理子さん

📝要旨📝

本論文は、媒体の寿命が短いメディアアート作品の保存をいかに行っていくかという疑問から出発し、メディアアート作品の新たな保存方法についての考察を行った論文である。

メディアアートとは、映像装置や音響装置、コンピュータやインターフェイス、インターネットなど、様々なメディアテクノロジーを使用した美術作品の総称である。絵画や彫刻など支持体が何年も長く保管できるものとは違い、メディアアートに使用されるデジタル機器は、数十年の間に故障等の理由で使用できなくなってしまう。そのため、こうしたメディアアート作品に関する保存の問題は、現在様々な機関で議論が重ねられている。

現在、メディアアートは、作品の保管(Storage)、データのアップデートあるいは移行(Migration)、新たな機材での模倣(Emulation)、再解釈(Reinterpretation)の4つの保存戦略に基づき保存が行われている。この4つの保存戦略は、「現在ある完成した作品を完璧な状態とみなす」ことが前提にある。一方で、メディアアートで使用されるデジタル機器は、短い期間で新たなものに更新され、また、そのデジタル機器を使用する人の感覚も知らず知らずのうちに更新される。そのため、現在は4つの保存戦略とは少し異なる「作品を発展させていきながら保存していく」方法を考えていく必要があるという主張もあり、メディアアートの保存は様々な議論の渦中にある。

こうした中で、筆者は本論考に先立ち、2018年5月19日〜6月3日に、京都三条のオルタナティヴ・スペース「ARTZONE(アートゾーン) 」にて展覧会「ゴットを、信じる方法。」を開催した。この展覧会はアート・ユニット、エキソニモ(exonemo)によるメディアアート作品《ゴットは、存在する。》を、学生スタッフが再制作し、展示を行うといった展示である。本論文では、この「ゴットを、信じる方法。」展を、「作品を発展させていきながら保存していく」保存方法の一つとして主張する。

《ゴットは、存在する。》は10年前の2009年に制作されたシリーズ作品である。使用されている機材は、マウスやキーボードといったインターフェイスや、Twitterやニコニコ動画などの私たちの身近にあるものであり、そこには大抵の場合難しいプログラムはない。例えば、「光学式マウスの裏面同士を合わせる」や、「ゲームを操作するためのマウス、キーボードをアクリルケースの中に入れる」というようなシンプルな作りになっている。そして、光学式マウスの裏面同士を合わせることで、デスクトップ上のカーソルはひとりでに動きだし、マウス、キーボードをアクリルケースの中に展示することによって、ゲームの中のアバターは誰も操作ができない「神聖なもの」になる。こうした現象を、作者であるエキソニモは一見「ゴッド(=神)」に空見する「ゴット」という意味を持たない単語を用いて表現し、《ゴットは、存在する。》として作品にしている。

《ゴットは、存在する。》において、重要になってくる部分は、作品を一貫して支える「ゴット」というコンセプトである。そのため、「ゴットを、信じる方法。」展では、10年前にエキソニモが発見した「ゴット」は未だに存在すると仮定し、10年の間に変化したデジタル機器の中に「ゴット」を見出すというコンセプトのもと、再制作を行った。現在のインターネット環境を反映させるため、エキソニモは再制作にはなるべく関与せず、再制作に使用する資料、またエキソニモに関する情報はインターネット上で収集を行い、再制作を行った。

結果、再制作として展示された作品は、Googleリキャプチャ(reCAPTCHA) を題材とした《告白》というタイトルのものである。液晶ディスプレイを縦位置に配置することでスマートフォンのディスプレイを表現し、その中にGoogleリキャプチャの画面を表示したもので、鑑賞者はそこで「ゴット」の画像の選択を求められる。従来の《ゴットは、存在する。》は、デジタル機器の中に存在する「ゴット」を、作品を通し俯瞰するという作りであったことに対し、《告白》は、鑑賞者が自身の中に「ゴット」を見出すことで「ゴット」が存在するというものに変化した。

こうした変化は、現在のデジタル環境や、世代観が持つ感覚の違いを反映した結果であると筆者は考える。「ゴット」という概念は、その当時のインターネット環境と強く結びついている。そのため《ゴットは、存在する。》において、「現在ある完成した作品を完璧な状態とみなす」保存方法では、作品を構成するハードウェア、ソフトウェアのみを保存したところで、作品は著しく変化するインターネット環境に取り残され、徐々に鑑賞者とのズレが生じてくるだろう。  「ゴットを、信じる方法。」からは、「現在ある完成した作品を完璧な状態とみなす」保存方法のみでなく、当時主流であったマウスは、スマートフォンの登場によりタッチパネルへと移行しつつあるように、「作品を発展させていきながら保存していく」保存方法の有効性が明らかになった。また、現在のデジタル環境や、世代観が持つ感覚の違いの保存をどうするかといった問題を浮かび上がらせた再制作は、これからのメディアアートの保存が抱える問題の事例の先駆けとなるのではないだろうか。