2016年度 奨励賞
<社会>と対話するオーケストラへ
──日本センチュリー交響楽団music project「The Work」にみる、楽団員の変化過程とその構造
- 野澤 美希さん
📝要旨📝
日本には、プロフェッショナル・オーケストラ(以下、オーケストラ団体)が全34団体存在する。近年、自治体から財政難を理由に補助金をカットされるなど、オーケストラ団体を取り巻く社会環境は大きく変化している。こうした社会環境の変化に対応するためには「これまでの活動に加え、オーケストラの特性を自覚し、社会に貢献するような活動を自ら考え実行していくような運営に変化させていくことが必要である」と言われている。(出典:ニッセイ基礎研究所/アフィニス文化財団『もっと社会とつながるためにーオーケストラのあり方に関する調査研究・報告』2013))
筆者は、財政面などのマネジメントの変化に加えて、楽団員の意識改革も必要なのではないかと考えた。そこで本論では、大阪府豊中市を活動拠点とする日本センチュリー交響楽団が行うmusic project「The Work」(以下「The Work」)で筆者が行った参与観察とインタビュー調査から、楽団員の意識変化の構造を明らかにすることを試みた。その上で、オーケストラ団体の運営の変化を、実際に演奏活動をする楽団員の変化から考察した。
まず1章では、オーケストラの特性を確認した上で、楽団員の特性を、(1)楽曲を再現する高度な演奏技術、(2)複数の演奏家と協調し、調和のとれたハーモニーを創造する演奏能力、(3)指揮者の指示を実現するため、他の楽団員と共に試行錯誤を重ねていく能力の3点とした。また、先行研究によると日本における演奏家の養成過程では、高度な演奏技術の習得に特化しているが故に「演奏をどういった相手に届けたいか」という目的意識や、音楽の専門家以外とのコミュニケーション力を育成する機会が少なく、広く市民に向けた活動を演奏家自らが行っていく能力が弱いことが分かった。
2章では、日本のオーケストラ団体の歴史を述べ、オーケストラ団体に求められるものが「鑑賞を通じた豊かな人間性の獲得」に加え「コミュニケーション能力の開発」が近年加わってきていることを確認した。そして「The Work」の開催概要をまとめた。「The Work」は、日本センチュリー交響楽団が、大阪府が楽団運営への補助金をカットしたことをきっかけに、「オーケストラだからこそ果たすべき役割」を見直したことで生まれたプロジェクトである。2014年から開催され、就労支援を受けている若者(=参加者)を対象に、音楽創作を通じて働くことへの思考転換を図ることを目的としている。作曲家の野村誠がワークショップ(以下、WS)をナビゲートし、約3ヶ月かけて楽団員と参加者が音楽創作活動を行い、最終的にはその成果を、一般の人々に向けて披露するというプログラムである。
3章では、筆者が2016年の「The Work」で行った参与観察の報告と考察を述べた。WS初日は、楽団員と若者たちのコミュニケーションはあまり見られなかった。しかし、回数を重ね、音楽創作に共に取り組むことで、次第にコミュニケーションが活発になっていった。楽団員は、指揮者の指示ではなく自発的に音を出し、演奏を通じて音楽の非専門家である若者と相互理解を深めていった。さらに楽団員は、参加者同士の相互理解も促していた。WS中盤で野村は、参加者と楽団員、参加者同士が関係性を築く中で創作した様々なフレーズを盛り込み、1曲にまとめた楽曲「日本センチュリー交響楽団のテーマ」を楽譜にまとめた。楽団員は、楽曲の発表に向けたリハーサルの中で、参加者のサポートを行い、より参加者の演奏が引き立つように自らの演奏を調整するなど、より協調のとれた演奏に仕上げていった。そして、次第に全体がオーケストラのように共鳴し、調和を始め、1つの共同体として立ち上がっていったのである。最後に一般の人々に向けて行われた成果発表会では、楽団員、参加者、野村が同じ舞台に上がり、「日本センチュリー交響楽団のテーマ」を演奏した。この演奏会は、3ヶ月間の「The Work」の中で参加者と楽団員の間に起こった出来事を再現し、社会に向かって自分たちを開いていく場でもあった。
続く4章では、参与観察とインタビュー調査から、楽団員が「The Work」の中で、変化を獲得した過程とその要因を明らかにした。筆者は、楽団員が変化を獲得していく中には、「他者」の存在が不可欠であったと考えるに至った。「他者」とは、クラシック音楽とほとんど接点のない若者や、養成過程で受けた教育や楽団での演奏活動とは異質な経験のことである。例えば、グランドピアノの鍵盤以外を叩いたり弾いたりしながら、自由に奏法や音を生み出したことが挙げられる。このWSに当初、楽団員は抵抗感を表し、参加者たちはためらいなくとりくんだ。ある楽団員はインタビューの中で「こうした『他者』の存在によって自らの発想に制限がかかっていることを知った。自らを成長させ、新しい試みをするためには「他者」の存在が不可欠である」と発言していた。また、1章で確認したように、楽団員は、音楽作品の演奏において調和と協調を実現する能力を元々備えている。「The Work」では、その能力を「他者」を理解し、関係性を結ぶために活用しはじめた。つまり楽団員は、「他者」との出会いによって、自らがもつ演奏技術を変容させWSに取り組んでいたのだ。そして、「The Work」に集まった参加者同士、すなわち他者同士の調和と協調を実現し、1つの共同体を築いていった。
本論では、オーケストラ団体の運営の変化について、楽団員の意識変化の側面から考察した。今、日本センチュリー交響楽団の楽団員は、「他者」と関わることで変化を獲得し、次第にその変化が楽団員、そして楽団運営の中で波及し始めている。今後、日本センチュリー交響楽団のみならず、他のオーケストラ団体も、その特性を活かして、数々の「他者」と関係を築き、これまで以上に社会に貢献していくことを、筆者は期待したい。