京都芸術大学 アートプロデュース学科

2019年度 奨励賞

〈私〉だけのウエディング・ストーリー

──花嫁はなぜ結婚式のヒロインになったのか──

奥山 和紀さん

📝要旨📝

電車に乗っていると結婚式場のポスターが掲示され、書店に行くと『ゼクシィ』などの結婚情報誌が並び、テレビを付けると結婚式場のCMが流れている。私たちは多くの結婚式に関する視覚的な情報をメディアから得ている。多くの場合、これらの情報には必ずと言っていいほど花嫁姿の女性が目立つように写っている。たとえば、『ゼクシィ』のブランドCM(2019年4月18日公開)では、結婚式を迎える花嫁に焦点を当て、花婿は脇役のような存在として描かれている。何よりも、CMのタイトルが『花嫁の歌』なのだ。まるで結婚式の主役は花嫁だと言うかのような描き方だが、これはポスターや雑誌、CMに限定されたことではない。実際に筆者が結婚式場に見学に訪れたところ、花嫁のウエディングドレス姿が映えるように挙式会場のカーペットをわざわざ変更するなど、実際の結婚式においても花嫁を重視している現状を垣間見ることができた。だが、少し考えてほしい。そもそも結婚式とは、男女二人が結婚の誓いを立てるものではなかっただろうか。また、法的な結婚は日本国憲法第二十四条において「両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない」と定められており、男女が同等の立場として扱われている。それにも関わらず、なぜ結婚式となると花嫁が主役のように扱われるのだろうか。それはいつから始まったことなのだろうか。

経営学者の今井重男の論文「ブライダルサービスとキッチュ―わが国のキリスト教結婚式とウエディングチャペルに注目して」(『千葉商大論叢』53巻1号、千葉商科大学国府台学会、2015年)によると、かつて結婚式は、女性が生家から離れ男性の家に嫁ぐ「嫁入婚」に基づいた「入家式」と呼ばれる儀式が行われていたと指摘されている。今井はこの入家式を「一族一家に組する結婚儀礼」、つまり「家」のために行う結婚式であると述べている。また、文芸評論家の斎藤美奈子『冠婚葬祭のひみつ』(岩波新書、2006年)と宗教学者の石井研士『結婚式:幸せを創る儀式』(日本放送出版協会、2005年)では、1990年代に少子化により家族形態が核家族に変化して「家」を維持する重要性が失われていったこと、挙式様式などが多様になり選択肢が増えたことに注目し、1990年代以降に花嫁の意見が結婚式において重視されるようになったと指摘されている。しかし先行研究では、メディアが花嫁を結婚式の主役として描くようになった時期や経緯については十分に検討されておらず、考察の余地がある。

本論の目的は、花嫁が結婚式の主役として描かれるようになった時期がいつからなのか、どのような経緯で生まれたのかを明らかにすることである。

そのためまず第一章では、前述した斎藤や石井の研究を参照し、「家」のための結婚式が成立した歴史的背景を辿ることによって、「家」が社会生活の基本単位として認識されていたこと、「家」を維持するための結婚・結婚式が重視されていたことを明らかにする。そして、少子化などによって「家」を維持する重要性が失われていき、1990年代以降、結婚の儀式が花嫁のためのものに変化したことを改めて確認する。

第二章では、花嫁が結婚式の主役として語られてきた起源を探るため、1970年代から2000年までに発行された結婚式を特集する雑誌記事の分析を行う。その結果、1970年代半ばに、結婚式を花嫁と花婿の二人だけで行うという新しい考えが特集記事の中で語られるようになったこと、1980年代に『non-no』(集英社)や『an・an』(平凡出版、現マガジンハウス)をはじめとした女性誌が、花嫁へ結婚式の形式やしきたりを変えていくことを促すようになり、徐々に花嫁が結婚式の主役(ヒロイン)として語られるようになったことを明らかにする。

第三章では、1970年代に半ばに結婚件数が減少する一方で恋愛結婚が増加していることに着目し、雑誌がこうした状況に対応すべく、花嫁と花婿による二人の結婚式という新たなあり方を提案することでその需要を生み出そうとしたことを指摘する。

第四章では、社会学者の坂本佳鶴恵の論文「消費社会の政治学―1970年代女性雑誌の分析をつうじて」(宮島喬編『講座 社会学7 文化』東京大学出版会、2000年)や女性学者の井上輝子の著書『女性雑誌を解読する―COMPAREPORITAN―日・米・メキシコ比較研究』(垣内出版、1989年)などを参照し、女性誌が花嫁を結婚式の主役として語ることの背景に、1980年代の『non-no』や『an・an』が女性に親や社会の拘束からの解放を促し、女性がファッションなどを通して主体的に自分を演出するストーリーを作り続けていたことを明らかにする。

終章では、花嫁を結婚式の主役(ヒロイン)とする語り方は、1980年頃に、女性が自立し主体的に自分を演出するためのウエディング・ストーリーとして『non-no』をはじめとする雑誌が作り出したのだと結論づける。そのうえで、今もなおこのウエディング・ストーリーが氾濫する理由の根底に「結婚は女性の幸せである」という考えがあると指摘する。