京都芸術大学 アートプロデュース学科

2021年度 奨励賞

近代日中芸術交流

──日本で「美術」を学んだ李叔同(1880-1942)とその《自画像》──

蔡雨坤さん
林田ゼミ

📝要旨📝

 今の中国では、毎年何万人もの人が他国に留学しているが、もちろん他国から中国に来る留学生もたくさんいる。留学生は、国と国との文化交流を促進すると同時に、帰国後は新しい知識や技術、さらに文化を自国にもたらした。中国での留学ブームは清の時代に遡る。清朝末期、権力を握っていた西太后は清を衰退させた。1894年から1895年にかけての日清戦争で清朝が敗北したことにより、愛国心の強い多くの若者が、もはや国の「門」を閉めて自分勝手に行う国づくりでは成功できないことを意識し、海外に出て新しい知識を学び、衰退した国を救わなければならないことを悟った。当時、明治維新を経て近代化を達成していた日本は、清にとって学ぶに値するものであった。日本は中国と同様に漢字文化圏に属しており、彼らにとってヨーロッパの言語よりもまだ理解しやすかった。現状を変えようとする若い愛国的な青年たちにとって、日本への留学は、西洋の先進的な技術や方法を学ぶための最も効率的な手段であり、しかも日本は中国人が留学してくることを歓迎していたのである。そのため、帰国後の国づくりを目指して、多くの中国人が他の国や、特に日本に行って勉強を始めた。(1880-1942)はこの時期に日本に留学した学生の一人である。彼は中国清朝時代の1905年初頭に来日した第一期美術留学生の一人で、「李岸」の名で旧東京美術学校(現在の東京芸術大学)の洋画科に留学した。

 李は近代中国の僧侶であり、音楽、書道、金石、絵画などでも目覚ましい活躍をしており、中国の新劇の創始者でもあった。李は様々な分野で非常に優れた業績を収めた。李の日本への留学について、吴梦非(1893—1979)は「弘一律師和浙江的教育芸術」(『浙江青年』第1936巻3号、1936年)の中で、李は西洋画を黑田清輝(1866-1924)に学んだと指摘している。それに対して劉暁璐(1953-)は「李叔同在東京美術学校──兼談李叔同研究中的几个誤区」(『杭州師范学院学報』第1998巻1号、1998年)において、大学の研究室(ゼミ)に中国留学生が入れるようになったのは1918年からであったことが明確に記録されており、李はすでに1911年に卒業していたことから、李が黒田清輝に師事したという主張は、後世の人の憶測ではないかと反論している。また、夏青輝(1989-)は論文「李叔同油画探析」(『芸術研究』第2016巻1号、2016年)において、李が日本で学んだ油絵のスタイルについて、李が黒田清輝の絵を模写していたことを指摘し、黒田に影響を受けたことを主張した。一方、吉田千鶴子(1944-)は「東京美術学校の外国人生徒(前篇)」(『東京芸術大学美術学部紀要』第33号、1998年)において、李が少なくとも最後の学年には藤島武二(1867-1943)から「新鮮な指導」を受けていたと考えている。

 では、結局の所、洋画家としての李が東京美術学校洋画科において誰から何を学んだのか。本論では、これまでの研究では十分に検討されてこなかった李の卒業制作作品である《自画像》(1911年)を分析することでこの問いに取り組んでいく。

 そのため、第一章では、李が変法自強運動を支持し、美術に関心を抱くまでの経歴をたどることで、彼の留学の目的と任務が新鮮な知識を学んで、留学した後に国づくりをするためであったことを明らかにするとともに、当時の時代背景、東京美術学校の西洋画科・白馬会及び李叔同自身の経歴を紹介する。第二章では、李叔同の《自画像》の技法や作風、李が残したテキストを分析し、李が西洋画科で、写真を使って形に注目する西洋絵画の技法や「印象派」について学んでいたことを明らかにする。第三章では、李叔同の自画像を、黒田清輝と藤島武二の芸術理念ならびに絵画作品と比較し、黒田が代表している外光派は室外の明るくて清新な光や色彩の効果を重視しているのに対して、李もまた室外の風景に合わせて自画像を描いていること、《自画像》の暗い部分に紫を多く使っていること、《自画像》に黒田の「赤い海」の理論が反映されていることから、黒田が李に与えた影響を証明する。また、《自画像》を制作する際、李が質感に注目し、空の描き方が藤島と一緒であることで、フランスに留学した藤島が李に与えた影響を証明する。終章では、ここまでの議論を踏まえ、李叔同は留学中に、西洋画家として黒田清輝と藤島武二から、対象の形そのものや質感に注目するとともに、屋外にて自然光のもと光と影の変化に目を向けて絵を描くことを学んだことを明らかにする。その上で、中国美術史上最初の印象派作品である李叔同の《自画像》は、中国近代美術の発展に決定的な役割を果たした可能性について言及する。